即興小説
テーマ:昔話風現代ホラー


 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
 おじいさんは両親から引き継いだ田舎のマンションで認知症を患い、おばあさんはそのおじいさんを介護しながら2人分の年金でその日暮らしの生活をしておりました。
 二人は周囲に頼れる人もおらず、一人の息子とは連絡がつかずもう一人の息子には事故で先立たれてしまい(そのショックでおじいさんは認知症になってしまったわけですが)、おじいさんとおばあさんだけの生活でした。
 そんなある日、おばあさんは延々と続く介護生活のループに、とうとう嫌気がさしてきました。
 終わりの見えない介護生活と先の見えない日常生活。
 日々募る不満と不安は、当たり前のようにおばあさんを蝕んでいきました。
 ――あの人を殺してそのあとすぐに私も……
 おばあさんはある種の決心を固め、ロープを手にし、介護用ベッドの上で何語ともわからないうめき声をあげるおじいさんに近づきました。
 「ごめん」と脳内で何度も必死に謝りながらおじいさんへの枕元に立つ。そしてその細い首に手をかけようとした瞬間。
 グルン
 音を立てるかのような勢いで、向こうを向いていたおじいさんの首がおばあさんへと向く。
 おばあさんは「ヒッ」と声を上げて、一歩退きました。
「タエ……コ……」
 おじいさんは絶え絶えながらもある名前を口に出しました。それを聞き、さらにおばあさんの表情が恐怖にひきつった。
 それはおじいさんの母親の名前でした。
 それだけならおばあさんも怖がることはなかったでしょう。
 ですが、タエコは殺人を犯した人間でした。
 それでもおばあさんは怖がることはなかったでしょう。
 ですが、タエコは、認知症を患った夫を介護疲れで殺害してしまった人間でした。
 だからおばあさんは怖がったのです。
 そのうえタエコは、夫をちょうどこの部屋で殺しました。
 
 認知症でいつも虚ろな目をしていたおじいさんは、なぜかこの時だけ恨むような目でしっかりおばあさんを見ていました。
「な、なにを……」
 おばあさんは壁を背にようやく立っていました。しかしその口はパクパクと、まるで金魚のように酸素を求めることしかできませんでした。
「お前も……ワシを……」
 かすれた声でおじいさんはそういいかけました。しかしその言葉は最後までは続かず、またいつもの呆けたおじいさんになって、何を言っているのかもわからない状態へと戻
りました。ですがおばあさんの恐怖は終わりません。
 おばあさんは、殺害への決意を固めました。恐怖でひるむこともなく、逆にそれは強固なものとなりました。
 逮捕されたのち、おばあさんはその時のことを「まるでその場にいる誰かに突き動かされたようだった」と言っていました。
 こうして、その部屋では新たな殺害が起きました。
 ですが、おばあさんが突き動かされたなにかが一体何だったのかはわからないし、なぜこの一瞬だけおじいさんが正気を取り戻したのかもわかりませんでした。
 もしかしたら、タエコに夫妻の怨念がこの部屋にとりついていたのかもしれません。

 
 ――数10年後。
 不動産屋の事故物件の告知義務機関も終わり、世間もショッキングな事件を忘れたころ。
 立地が良く、地元の商店街へのアクセスも良いこのマンションに、一組の老夫婦が引っ越してきました。
 
 あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。



最終更新日時: 2022/09/12 02:30

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